Special | 2017.10.20
AI時代のクリエーション~ 第2回「ネオ・オートクチュールへ」《後編》小川徹

AI時代のクリエーション~ 第2回「ネオ・オートクチュールへ」《後編》小川徹

3Dプリンターの特性を最大限に活かす

パリのオートクチュールコレクションへの挑戦を決めた「ユイマナカザト」。
最初のコレクションとなる2016AWシーズンでは、3Dプリンターを使って作った素材のほか、特殊なホログラム素材による、バラバラのパーツによって組み合わされた服を発表した。2回目となる2017SSシーズンでは、パーツを組み替えられるようにして、カスタマイズできるようにした。

中里氏は、ここで壁にぶち当たる。3Dプリンターなどを使って作った服はどうしても素材の特性上、現段階では、まだ実用に向かない。

「普通の衣服の素材も使えるようにできないか。」試行錯誤を重ねる中、中里氏がたどり着いたのが、3Dプリンターで服を作るのではなく、布を組み合わせるための接合パーツを作るというアイデアだった。

このアイデアを後押ししたのが、グーグルのベンチャーキャピタルなどが出資する米国カーボン社との出会いだった。この会社の3Dプリンターは、層を順々に印刷していく従来の成形法ではなく、液体の中で同時に成形するため、複雑な形をより強度の高い形で整形できるという特徴を持っていた。

様々な厚みを持つ異なる種類の布片をつなぎ合わせるには、接合パーツの突起の長さをほんの少しずつ変える必要がある。そのため、接合パーツは、たくさんの種類が少量ずつ必要となる。さらに、組み合わせた服がバラバラにならないように強度も必要となる。

実際にこの機械を使ってみると、これまでより低コストで、柔軟性と堅牢性を併せ持つ製品を作り出すことができた。この3Dプリンターと出会ったことで、中里氏は、その人にあった服をより低価格に、そしてサステイナブルに作るという今回のコレクションのコンセプトの実現にこぎつけることができた。

オートクチュールの民主化に向けて

今回の「ユイマナカザト」のコレクションは単に3Dプリンターの新たな活用法を提示したことに留まらない意義がある。それは、AI時代の新たなビジネスモデルを提案したことだ。

つまり一着の服を買ったら、何度でもパーツを交換することで、ジャケットをベストにするなど、形も変えられるし、経済状況に応じて素材も変えられる。体型や好みの変化に応じて、サイズやシルエットも変えられる。

一度買ったら終わりではなく、長期間に渡って、服との関係が続くシステム。デザイナーは、交換するパーツやモデルとなるスタイルのデザインし提供する。将来的にはAIによるその人にあったデザインの提供も視野に入れているという。

こうしたシステムについて、デザイナーの中里氏がインタビューの際に、アプリやスマホゲームのビジネスモデルにたとえて説明していたのがとても印象的だった。今回のコレクションで中里氏は、「オートクチュールの民主化」というビジョンを伝えることに注力したという。このビジョンを一緒に実現してくれる協力者を募るために。

そのため、「将来、すべての服は1点ものになるでしょう。」というメッセージから始まるコンセプトビデオを事前に配信。ショーでもそれぞれのルックが出てくる前に、その服ができるまでのショートビデオを流した。

本来は一握りのお金持ちのためのオートクチュールコレクションの場で、それと真逆の提案をすることに中里氏は大きな不安があったという。

それだけに、ショーの後に、オートクチュール協会の会長から「良かった!」と、ねぎらいの言葉をかけられ、アントワープ時代の恩師リンダ・ロッパ氏からは、「今このタイミングでこのコレクションを見ることができてとても良かった。」という言葉を聞いて、本当に安堵したという。

デジタル職人の必要性

今回の「ユイマナカザト」のコレクションは、AI時代のクリエーションに向けての格闘の序章に過ぎない。この先どうなっていくのか?どんなことが必要になるのか? 二人の専門家に取材した。

一人目は、2006年にケイズデザインラボを設立し、3D造形や3Dプリンターなどの普及を行ってきた原雄司氏。これまで数多くのクリエーターとも協業してきた。原氏が強調するのは、「ハードの進化」と「デジタル職人のサポートの重要性」だ。

2013、14年の3Dプリンターブームの頃に、多くの人が飛びついたが、3Dのデータを扱うのは難しくコストもかかるので、ほとんど撤退していった。しかし、ブームが去った後も、機械の進化は続き、特に造形の精度とスピードは大きく向上しているという。

そのことによって、製造業だけでなく、医療や食品分野など、活用の幅も広がり、3Dプリンターを使っていることをあえて言わない製品もどんどん出てきている。注目すべき動きとして、原氏が挙げたのが、ドイツの自動車メーカーのダイムラーの事例。トラックの部品を世界中の工場でその都度3Dプリンターで製造することで、部品配送のコスト等を削減しようとしていることを挙げた。3Dプリンターの性能向上が、生産・物流のシステムを変えようとしている実例だ。

ただしファッションの領域では、3Dプリンターで扱える素材が限られていたり、布の構造を作るのは、まだ難しく、服そのものが3Dプリンターでできるのはまだ先になるのではないかという。

原氏が現在最も力を入れているのが、デジタル職人の養成だ。クリエーター自身が3Dのデータを扱うのは難しい。一方で、データを扱うことができるエンジニアには、クリエーターとの共通言語が少ないために、クリエーターの求めることを理解するのが難しい。

クリエーターの言語や思考を理解するデジタル職人がテクノロジーとの間を仲介することで、ファッションデザイナーを含むクリエーターがより身近にテクノロジーを活用することができるのではないかという。このことを促進するため、原氏は2017年8月、デジタル職人を集め、さらに人材の育成も行う新会社を設立した。

新たな生態系をつくるデザイナーへ

もう一人の専門家は、慶応義塾大学環境情報学部で、デザインやファッションを研究する水野大二郎氏。
水野氏は、3Dプリンターなどによるデジタルファブリケーションは、ファッションの世界に大きな変化をもたらす可能性が高いが、現在は過渡期にあると分析する。

服そのものを出力するプリンターはまだできておらず、素材も衣服に最適なものはまだない。その上で、3Dプリンターでできた素材の特性を活かしたデザインをしているデザイナーもまだ極めて少ないという。

しかし、外国のトップクラスのファッションスクールでは、デジタルファブリケーションやバイオマテリアルなど先端テクノロジーを取り入れる動きが加速しているという。そうした状況の中でこれからのデザイナーには、ある程度のデジタル系の素養が必要となってくるだろうと予測する。

今回の「ユイマナカザト」のコレクションについて、水野氏は、3Dプリンターの活用法と共に、服をめぐる生態系(エコシステム)を提示しようとしている点も評価しているという。

すべての服がその人にぴったりのカスタマイズされたものになるにはまだ時間がかかるだろうし、当面は、マスプロダクトとカスタマイズされたものの共存した世界が続くだろう。

そうした過渡期の中で、ビジネスモデルを含む、服をめぐるエコシステムを提案し、そのビジョンを多くの人と共有し実現すること。それがこれからの時代のデザイナーに期待されるものなのではないかというのである。

テクノロジーとデザインの生態系

取材の終わりに、8月5日と6日に東京ビッグサイトで開催されたメイカーフェア東京を訪ねた。

これは、企業としてではなく個人でものづくりを行う人たちが、自分の作品等を持ち寄る祭典。前身のイベントは2008年から、現在の名前になって2012年から開催されている。会場には、電子工作・3DプリンターからAIまで様々なブースが並び、夏休みの子どもたちを含むたくさんの人々が集まっていた。

初回からイベントの中心となってきたオライリー・ジャパンの田村英男氏によると、元々このイベントは、コンピューターのソフトウェアを扱う参加者が多かったという。それが、先端テクノロジーに多くの人が接することができるようになる「テクノロジーの民主化」が広がると共に、3Dプリンター・AR・VR・IOTなど、その時々の新たなテクノロジーが流入するようになった。今年は、グーグルがAIのAPIを公開したことで、AIに関するものが急速に増えたという。

個人でも扱えるテクノロジーの領域が広がることで、たくさんの技術を使いこなし、一人でハードウェア・ソフトウェア・デザインのすべてをこなす人材も増えているという。この場所に集っている狭義のファッション業界の人間ではない人たちからも、AI時代のクリエーションを担う人たちが出てくるのではないか。

会場で様々なテクノロジーと戯れるたくさんの子どもたちを見ながらそんなことを考えた。

Collection Photo:SHOJI FUJII / ALESSANDRO GAROFALO
Backstage Photo:JEAN-LUC DUPONT

PROFILE
小川徹 NHK情報システム局 副部長
1989年NHK入局。ディレクター・プロデューサーとして番組を制作。2013 年よりデジタル・IT部門で、ネット同時配信など、次の時代のメディアづくりに携わっている。近年携わった番組に「TOKYO FASHION EXPRESSS」、NHKスペシャル「世界ゲーム革命」、NHKスペシャル「NEXT WORLD 私たちの未来」など。東京コレクションを中心に、ファッション・デザインをライフワークとして継続して取材している。

DiFa編集部



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